from 西原隆介.

「なんでバスケ部入ったの?」
と聞かれることがあります。みなさん知ってるのかどうなのかわかりませんが、
 
ぼくは一般入試で明治に入学しました。テスト受けて。
しかも普通の人より1年も多く勉強してまで(笑)。
 
理由はたぶんこの彼です。

photo @ 2006/10/08 IZUMI-GYM
 
彼がバスケ部にいなければかなり人生変わってたと思います。
ぬるいバスケットはしたくない、プレーヤーでなくとももう一度横尾ちゃんとバスケして、No.1になりたい!

当時はこんな理由で入部しました。
 
その点に関しては感謝してます。
横尾ちゃん、ありがとう!
 
さて話は変わって、本当に“激動”の4年間でした。
よく走りきれたなと思います。

ぼくにとってコートは毎日が戦場でした。
いかに質の高い練習を展開させられるか、なかなか難しかったです。
全国から集まったプレイヤー、さらにそこから選び抜かれたトッププレイヤーたちを名古屋市立緑高校というかつて『ピンク高校』とも呼ばれたこともあるしょーもない学校出身のぼくが動かす・・・w
責任とプレッシャーに押し潰されそうになったことが多々あります。
 
退部を考えたこともありました。
それでも続けることができたのは、選手の成長と、
微々たるものかもしれませんが自分の成長を実感できたからなんだと思います。
 
スタッフが意識を失って救急車で運ばれるという明治大学バスケットボール部創部以来おそらく前例のないことをやってのけた(笑)1年の仙台合宿から、4年の青森合宿での4日間(だったかな?)で約200人の小中高生を対象に行ったクリニックの成功。
 
自分でいうのもなんですがたくましくなりましたw
 
ぼくを育ててくれた第2の親父・塚さんはじめスタッフのみなさん、
 
言葉じゃ表現できないくらいお世話になった種さん、
 
時に厳しく、時に優しかった尊敬できるOB・先輩方、
 
かわいい後輩、
 ≫ホントに後輩はTOP・BASE関係なくみんなかわいかった、たまに生意気だけど。いやかなりか?ウソウソ(笑)
 
ぼくを練習に専念させてくれたマネージャー、サキ・しほ・広大・ちひろ、そして舞子、
 ≫舞子にはホント迷惑かけた、すまん。まあその分迷惑かけられたからおあいこでw
 
たまさん、
 ≫もしこれ見てたら結婚してください(笑)
 
杉林さんや外部からバスケ部をサポートしてくれた皆さん、
 
竹原さん、
 ≫どうしたら外車は安く輸入できますかね?
 
感謝したい人がいっぱいいます。
苦しい4年間でしたが本当に“人”には恵まれていたと思います、ありがとうございました!

そして同期のみんな。
ぼくはみんなの代に入部できたことを誇りに思うよ、頼りないスタッフで申し訳なかった。
でもみんなのこの4年間での成長を見れたことが一番うれしかったです!ありがとう!
これからそれぞれ新しいステージに立つわけだけどさらに成長したみんなといつの日か再会できることを楽しみにしてます。
もちろん自分自身もこのバスケ部で培ったものをベースとしてこれからステップアップしていきます!
 
長々とそしてめちゃめちゃな文ですいません。
明治大学一部昇格を心から願っています。
 
ありがとうございました!