池田克也 〜 Will Power.


Photo @ 2011/02/20 Izumi Gymnasium.
 

S&C(ストレングス&コンディショニング)コーチの役割・指導の目的を教えて下さい。

まず、その競技に必要な体力を持ってもらうこと。明大バスケ部での場合はバスケットボールですが、それぞれの競技の特性にあわせた専門的な体力を強化・向上させることです。そのために、一般的なウェイトトレーニングや基礎体力作りから始まって、バスケットに向けたトレーニングを行っていきます。
バスケットに必要な瞬発力やスビードも、単に「50mを走るのが速い」ということではなくて、ダッシュとストップ、そして回復する前にまた次のダッシュというゲームの動きを意識したものでなくてはなりません。さらに、その中でぶつかっていくパワーや、ジャンプへの動きの転換も必要とされます。持久力もマラソンを走るような持久力ではなくて、バスケットに必要な持久力というものを考えなければなりません。そうした競技特性をふまえて、バスケットに向けた専門的なトレーニングを準備することと、それを通じてパフォーマンスの向上に寄与することがS&Cコーチの第一の役割だと思います。
第二の役割は、効率よく、無駄なく、科学的なデータを用いてトレーニングすることと、正しい身体の動かし方を習得することで、怪我を防ぐことです。
パフォーマンスの向上と、傷害の予防。その二つがS&Cの二大目的です。
それに加えて、僕は明治大学に来る前の3年間はプロスポーツのチームにいたので、チーム内での競争や他チームとの競争といった、勝ち負けがはっきりする世界で、どのような取り組み方が必要なのかを考えてきました。勝つためには犠牲にしなければならないことも多くあると思いますし、勝つための選手としてのあり方を伝えたいと思ってきました。
僕は、そういったメンタルな部分での役割が大きいと思っていますし、意気込んで明治に来た日のことを覚えていますよ。最初の自己紹介のときに「俺はチームを勝たすために来た」と伝えました。「勝てるチームになるために頑張りたい」とも。
 

池田さんのこれまでの経験から、最初に明治に来たときに、何がチームに足りないと感じましたか。

来てすぐに、凄く意欲もあるし、高い能力・ポテンシャルを持っている選手が多いことはわかりました。でも、練習中からファイトする雰囲気が足りないと感じました。戦う、負けん気を出す、闘争心をむき出しにする、自己主張する、エゴを出す、相手に対して怒りを示す。競争する姿勢が全く見られなかった。
皆が一生懸命やるし、雰囲気を良くやろうとしていることはわかりましたが、肉体的なぶつかり合いも、感情的なぶつかり合いも、そのどちらもを避けているようでした。なので、「もっとハードにプレーすること」「もっと練習中からガツガツぶつかっていく」そして「もっと自分の気持ちを喋っていく」「相手に“文句”だと思われても、自己主張していったほうがいい」と伝え続けました。
 

近年、大学スポーツを取り巻く環境は大きく変わってきています。大学がスポーツに多くの支援を与えてくれる一方、PR力について要求も厳しくなっています。このような動きをどう考えていますか。

僕は、その流れはもっと進んでいくと思いますし、歓迎します。大学はスポーツの人を惹きつける力をもっと利用すれば良いと思いますし、選手はそれを良い意味でプレッシャーに感じるべきだと思います。
「大学生はアマチュア」。確かにそういう面はありますが、バスケットの力も含めて評価されて大学に入学し、大学の施設を利用させてもらっているのですから、プロフェッショナルな意識を持って欲しいです。「君たちには、チームの枠組みの中での、コート上の自由は与えるけども、これだけの施設やスタッフを用意されている中で、『常に全力で取り組む』以外の選択肢はないよ」と伝えています。
そして、大学はもっとスポーツを活用して欲しいです。やはり、スポーツの人を感動させる力は凄く大きくて、ウィンターカップがあれだけの観客を集めるのも、メディアが取り上げてスポーツ・バスケットの魅力を広く伝えているからだと思います。でも、コンテンツとして見れば、高校生のゲームより大学生のゲームの方がずっと高いレベルで、大学生のゲームを見るより社会人のゲームを見たほうが面白いはず。だからこそ、高校バスケを応援してくれている人たちに、インカレやオールジャパンに来てもらうためにも、バスケ界は大学や社会人のカテゴリーをアピールしていくべきだと思います。その中で、社会的な認知度を高めて多くの学生に受験してもらいたい大学と、バスケットボール界が協力していくことが出来ると思います。
そして自分たち自身のアピールのために、大学のバスケ部はもっといいチームにならなくてはいけません。いいチームを作るためには、いいコーチといい人材、いい施設、いいソフトを導入していかなくてはいけない。大学の助力の中で、チームが成長していく。そして大学はそれをアピールしていき、より大学バスケが知られていくことで、高校生たちに「俺たちもそこでプレーしたい」と思われるようになっていく。それが、明治大学バスケットボール部の目指す方向性だと感じています。
 

明治大学での取り組みだけではなくて、強化キャンプへの協力などの経験も含めて、日本のバスケットボールについて感じることを教えて下さい。

バスケット選手は、志が低い気がします。ウィンターカップという注目を浴びる大会があるために、高校生の目標が「ウィンターカップで活躍すること」で止まってしまっているのではないかと。ウィンターカップで活躍することで、大学でさらに高いレベルで活躍する権利を得て、大学からJBLbjリーグへ、そして日本代表になってオリンピックや世界選手権で活躍する。そこまで考えている選手は本当に少ないと思います。
 

サッカーでも、Jリーグ発足前は、冬の高校選手権でのバーンアウト(燃え尽き)症候群が問題と言われましたが。Jに18歳で入ってくる選手たちはどうでしたか?

僕が見ていたころは、もうJリーグが発足して10年以上経っていましたので、ユース年代だけじゃなくて、ジュニアユース、サッカースクールの子たちであっても、トップチームの選手のことは知っているし、そこでやりたいという気持ちを持っていました。やはり、上のカテゴリーの選手は、下のカテゴリーの選手のアイドルなのです。「僕らも、高いステージでサッカーをしたい。あのチームの、あのスタジアムでプレーしたい」という憧れを強く持っていました。
バスケットも、上のカテゴリーが魅力あるものであることが重要だと思います。
この土曜・日曜と駒沢体育館でJBLを観戦してきたのですが、体育館の入り口に看板も幟も何なくて、「JBLやってます!」というアピールが全くなかったのです。それでは、「バスケやってるんだな。観てみようかな」というふうに人を引きつけられない。バスケット界は、関係者とコアなファンだけを相手にするだけではなくて、もっと開かれていくべきだと強く感じました。週末に駒沢公園を散歩しているような人たちに、日本のトップリーグがやっていることを伝えていく努力を感じられなかったことが残念でした。
トップリーグの選手たちにも、「自分たちの好きなバスケットボールをプレーできている」ことも大事だけども、それをお金を払って見に来てくれているお客さんに「楽しんでもらおう」という姿勢ももっと示して欲しいです。例えば、審判の判定に対して納得できないことがあっても、それでモチベーションを下げてはいけない。やはりプロ選手としての振舞い方として、すべきことも、すべきでないこともあると思います。もちろん、レフェリーにもトップカテゴリーで笛を吹く名誉とともに責任もありますし、リーグの運営としても、有料のコンテンツに相応しいものを提示できているかを、常に考えなければならないと思います。
Jリーグが出来て日本のサッカーがだんだん強くなっていったように、バスケットもトップリーグが若い選手にとって憧れとなるリーグになっていかないと。そうやって、若い選手に夢を与えられようになることが、日本のバスケット界に一番必要なこと思います。
 

明治大学から、JBLに山下や金丸晃輔、JBL2には伊與田・若林と、トップカテゴリーでプレーする選手も輩出されてきましたが、教え子たちがトップカテゴリーへ進むことに感慨はありますか?

感慨というか… とにかく、永く続けて欲しいと思っています。そこに行く事が目的ではなくて、活躍することが選手にとって大事なですから、プレータイムを得て、怪我無く、1年でも多くキャリアを積んで、少しでも多くの経験をして、1人でも多くの若者に夢を与える存在になって欲しいと思っています。
社員選手なので、いつ辞めても、仕事は保障されているかもしれないけど、自分の中でのステップアップを実現して「稼げる選手」になって欲しい。OBで来てくれている横尾や北向にも、活躍して、年棒を上げて、1年でも永くプレーして、充実した自分で納得できるキャリアを過ごして欲しいと思います。
 

逆に、「大学で終わり」という選手も居ますが、彼らに対して、4年間のバスケット・トレーニングの中から、どんなことを掴んで欲しいと思っていますか。

実際に、そういう選手の方が多く、競技としてのバスケットからは離れることなる。それでも、「自分がどうなりたいか」「何をしたいか」というような、目標を立てて、筋道をイメージして、自分がそこに到達するためにはどんな取り組みが必要なのかを意識できるようになって欲しい。
「やりたいこと」「やるべきこと」「やらなくてはいけないこと」「やりたくないこと」。学生の時は「やりたいことだけやっていればいい」と思っているかもしれない。「やりたいこと」と「やるべきこと」が一緒なら良いのだけど、実際にはそうじゃないことが多い。「やりたくないこと」も、それが「やらなくてはいけないこと」なら、そこから逃げずに、きちんとプランを組んで取り組んでいく。そして達成する。それは、トレーニングそのものです。そういうことが、バスケットのキャリアを終わってからも、自分の人生に繋がっていると感じてくれたら、僕は嬉しいです。
そして、彼らも自分のやりたいことを見つけていってくれると思います。バスケットがずっと「やりたいこと」の選手もいるでしょうし、何か新しいことにチャレンジしていく選手もいるでしょう。自分が欲するもの、こうなりたいと思うものに対して、今の自分には何が足りなくて、そこを埋めるために何をするか考えるようになると思います。その時に、ヘッドコーチやS&Cコーチが伝えてきたことを思い出して、自分の力にしていってくれることを望んでいます。
とにかく、自分の打ち込めるものを見つけてほしいと思います。
 

池田さんが感じる、3年間で明治はこんなところが変わった、変わってきた、という点はどこですか。

最初に足りなかった、戦うこと、自分の言葉を人に伝えること、自分の感情を表に出すことは、少しずつ変わってきたと思います。特に、去年の北海道合宿以降、そういう雰囲気がやっと出てきたと感じます。
 

今年のリーグ戦は、僕の見てきた10年間で初めて、大きな怪我人の出ないリーグ戦でした。これは、単に結果としてそうなのか、それとも池田さんから見て「正しい身体の使い方」が定着してきた結果なのでしょうか?

怪我については、僕らも予測できませんし、良いコンディショニングをしてきたとしても、アクシデントで起こる可能性はあります。今回、怪我人が出なかったことは、「3年間のコンディショニングの成果だ」と思うところは、多少は、あります。「怪我をしにくい身体が出来てきたのかな」とも、ほんの少し思います。でも、それが大きな要因かはわからないですね。
怪我には、アクシデントによる傷害と、疲労による故障がありますが、故障が少なくなってきたのは確かと思います。ただ、ひょっとすると、3年前は「痛い!」と言っていた怪我が、去年は「それは怪我に入らない」と選手たちが感じるようになって来たからかも知れません。決して、身体が万全・フレッシュな状態だった選手ばかりではなくて、どこかしこに痛い部分も抱えながら選手たちがプレーしてきました。2〜3年前の「靴擦れしてできません」からは、タフになってきたと思います。加藤のように、痛くかろうとも歯を食いしばってプレーする選手も出てきて、チーム全体の基準値、「これくらいはできて当たり前」「これくらいはできないといけない」というレベルが、年々上がってきているとは思います。
 

明治で携わってきた、59人の選手に、メッセージをお願いします。

まずは、「感謝」です。
思い出すと、色々あって、S&Cコーチとしても、一人の人間としても、いろんな経験をさせてもらいました。一緒に喜んだ選手も、もめた選手も居ますし、良いことも悪いことも、多くのことを経験できて、いろんなつらい事や、いろんなうれしい事を、59人の選手と、スタッフと、周りの人たちと、3年間それを共有できたことが、かけがえの無い財産になりました。これからの僕のキャリアにも、すごく活きてくることですし、今後の人生にも役立つことだと思います。
そういう経験をさせてもらった選手たちには、「ありがとう」と言いたいですね。
全員が全員、良い関係で終われた選手ばかりではないけど、本当に全員との関わりが僕にとって忘れられないものです。とにかく、これからのバスケット、これからの人生で、彼らが成功したり、納得できる人生を歩んでくれることが、僕の願いです。
種さんや、父母の方、OBの方、ファンの方から、たくさんの応援の言葉をいただいて、励ましの言葉もいただいて、凄く力になりました。これからも選手たちのことを、応援してください。
 

Photo @ 2008/03/17 Izumi Gymnasium.